中学からの友達と、一緒に仕事をした日

パスハックの教室に、壁ができました。

工事をしてくれたのは、中高一貫の学校で6年間ずっと一緒だった友達です。

仕上がりは大満足です。提案も説明も、びっくりするくらい丁寧でした。

でも、僕が一番嬉しかったのはそこじゃないんです。

14歳で出会った友達と、28歳になって、一緒に仕事ができた。

これがもう、嬉しくてたまらない。

以下、そこに至るまでの話をします。

中学からの友達と、一緒に仕事をした日
目次

そもそも、壁がなかった

松山市内に物件を借りました。広さも場所も文句なし。ここでやろう、と即決した物件です。

ただ、ひとつだけ問題がありました。

部屋に区切りがなかったんです。

内見のときは「まあ、なんとかなるやろ」くらいに思っていました。授業を始めるまでは。

【内装前の教室】

総合型選抜の対策って、けっこう恥ずかしい

パスハックは総合型選抜の専門塾です。

一般入試と違って、総合型選抜で聞かれるのは知識の量じゃありません。「あなたは何者で、これから何をしたいのか」。それを自分の言葉で語れるかどうか。ほぼそれだけです。

だから僕らは、生徒とめちゃくちゃ話します。将来やりたいこと。なんでその大学なのか。自分の長所。自分の短所。あと、いまの成績。

こうやって並べてみると、まあ、人に聞かれたい話ではないですよね。

将来の夢を口に出すのって、それだけでちょっと恥ずかしい。短所を認めるのはもっと勇気がいります。成績の話なんて、隣に同い年の子が座ってる場所で話したくないでしょう。

パスハックは「盛る対策はしない。深める対策をする」と言っています。

深めるには、本音を出してもらうしかない。

なのに、丸聞こえの部屋で「本音を出して」と言うのは、さすがに無責任だなと思いました。声は筒抜けだし、隣の会話も聞こえてくる。そんなところで自分の弱いところを喋れる高校生、そうそういません。

面接練習もそうです。緊張してうまく喋れない姿を、他の生徒に見られたくない子もいる。

安心して喋れる場所がないと、僕らのやりたい指導は成立しない。

壁がいる、と思いました。

で、梅野に電話した

そこで一本、電話をかけました。

相手は梅野。出会ったのは中学2年、同じクラスでした。中高一貫の学校だったので、そこから卒業までずっと同じ校舎です。

当時の僕らは、正直まったく優等生じゃなかった。どっちかというと問題児寄り。思春期真っ盛りで、ふたりともかなりヤンチャでした。

「こんなことがあった」みたいな特別な思い出があるかというと、実はないんです。ドラマみたいな話は何もない。

ただ、毎日毎日しょうもないことをしては爆笑してた。その繰り返しでした。

覚えてるのはその感じだけです。でも、たぶんそれでよかったんだと思います。

そのうえ、高校でも2年3年とまた同じクラスになりました。で、相変わらずです。日々アホな話ばっかりしてた。中学から何ひとつ成長してない。

同じ校舎に6年、同じ教室に3年。思春期のいちばんしょうもない時期を、まるごと一緒に過ごしたことになります。

高校を出てからも、なんやかんやで年1回くらいは会う仲が続いていました。そんで彼はいま、松山市の工務店・向陽建設株式会社で働いています。

「任せて」

電話でのやりとりは、拍子抜けするくらい短かった。

「塾を開くのに物件を借りたんやけど、内装とかできる?」

「任せて」

以上です。

見積もりの話も条件の話も、まだ何ひとつしてない段階での「任せて」でした。

いま思うと、この三文字にどれだけ助けられたか。開業準備って、決めなきゃいけないことが無限にあるんです。そのうちのひとつが、電話一本で「もう大丈夫」に変わった。あのときの安心感は、ちょっと言葉にできません。

仕事の顔をした梅野

ここからが、僕にとって一番おもしろかった話です。

梅野は下見に来てくれました。冗談を言い合いながら現場を見て回るんですが、仕事の話になった瞬間、顔つきが変わるんです。

友達同士の仕事って、なあなあになりがちだと思うんですよ。「まあ、あいつやし」で細かい確認を飛ばしてしまう。お互いにそうなりやすい関係です。

でも彼はそうしなかった。

見積もりの詳細を説明するために、わざわざ足を運んでくれました。金額の内訳を、僕が納得するまで一個ずつ説明してくれる。連絡も、こっちが不安になる前に必ず入る。

で、一番驚いたのが提案の中身でした。

「塾ならホワイトボードいるやろ」

そりゃそうです。でも、そのあとの言葉が僕の想定を超えていました。

「ただ、普通のホワイトボードは場所取るけん。この広さやったら、壁にシート貼るほうがええと思う」

言われてみたら、たしかにそうなんです。自立式のホワイトボードって意外と幅を食う。限られた面積は、生徒が座るスペースに回したほうがいい。

照明の話もそうでした。

仕切りを入れると、部屋は暗くなります。当たり前のことなのに、僕はまったく気づいてなかった。彼は照明の向きまで考えて設計してくれました。

僕は塾のプロですけど、空間のプロじゃない。「壁がほしい」としか言えない僕の言葉を、「どういう空間にしたいのか」まで掘り下げて形にしてくれた。

これはもう友達価格とかそういう話じゃなくて、普通に職人の仕事でした。

【内装後の教室/ホワイトボードシート】

壁ができて、どうなったか

工事が終わって、教室に壁ができました。

変化はすぐに出ました。

生徒が授業に集中できるようになった。あと、これは自分でも気づいてなかったんですが、講師も集中できるようになりました。

他のブースの声が気にならない。目の前の生徒だけ見ていられる。「いま隣に聞こえてないかな」っていう余計な意識が消えるだけで、こんなに変わるのかと驚きました。

生徒が自分の短所を言うとき、ちょっと黙ってから話し始めることがあります。その沈黙を、いまは邪魔されずに待てます。

14歳と28歳

14歳と28歳

最初に書いたことを、もう一回書きます。

丁寧な説明も、プロの提案も、本当にありがたかった。でも僕にとって一番の出来事は、中学からの友達と、28歳になって一緒に仕事ができたことでした。

同じ校舎で6年、同じ教室で3年、アホな話ばっかりしてたふたりです。そこから別々に14年やってきて、28歳になって、片方は塾を開いて、片方は建設の職人になった。それがここで交わった。

あの頃、こんな未来は1ミリも想像してません。「将来一緒に仕事しような」なんてカッコいいことを言い合った記憶もない。ただふざけて笑ってただけです。

僕は生徒に「どんな過去も、未来をつくる材料になる」と言っています。パイロットを目指して届かなかった自分の挫折も、いまの仕事につながってる。そう思ってこの塾をつくりました。

あのヤンチャだった中学と高校の日々も、こうやって形になってるんやなと思います。

生徒が安心して自分の話をするための壁を、中学の友達がつくってくれた。

梅野、ありがとう。

そして向陽建設株式会社の皆さま、本当にお世話になりました。

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